歪んだものはきれいだ

 どうして何処にもなくて、誰もいなくて、あの人は歌っているんだろう。ひとりじゃないのか。あの人は、ひとりじゃないのか。ズルイ。人間はみんなズルイ。自分をズルイと思わない人間はズルイ。自分のズルさを認める人間もズルイ。歪みたい。もっと歪んで、真っ直ぐ生きてゆきたい。歪めば歪むほど、真っ直ぐ進めるようになる。だからもっと。ユメと、キボウと、ゲンソウを、掴んで。食べてしまいたい。笑われてもかまわない。可笑しな人間になれるなら。たったひとりで歌が歌えるなら。誰にも聴かれない歌を、歌えるようになりたい。僕も。だって、あの人は歌っているじゃないか。誰にも聴かれない歌を。歪んだ歌を。歪み。矛盾。曲がっていく、音。
 無意味であるという意味。定義が無いという定義。ルールに縛られないというルール。自由に生きろという制約。
 なんて素晴らしいんだろう。この世界は。こんなにも歪んで、みんな助けを求めている。人に手を差し伸べることで、救われようとしている。この、矛盾。すべてが自分のため。そう公言して憚らない。この、かっこわるさ。だから僕はもっと救われてやろう。二本じゃ足りない、差し伸べる手は。出来るだけ多くの歪みをこの手に。捕まえて引き上げよう。どこかきれいなところまで。きれいな声で啼いてもらおう。その声は僕を歪ませる。もっと。もっともっともっと。