馬とニンジン

 頭の中が散らかっているな、と思う。今日、髪を切ったから、少しマシになったかも知れない。天ぷらも食べてのんびりしたし。
 色々と思うことはある。吐き出したいこともある。けれど、それにうまくカタチを与えられない。非常に複雑な心境だ。絵にもならず、言葉にもならない。印象だけが、私の体をぼんやりと包んでいる。そんな感じ。
 ひとつだけ、近い言葉が見つかった。失望。失望しているのは、でも、私じゃない。周囲の人々から、失望というネガティブを感じる。幸いなことに、失望されているのも、私じゃない。だから、私のネガティブはまだ、せき止められて腹の中。


 いつか、私も失望されるのではないかと思う。たぶん、私にとって、それが一番の恐怖なのだ。もうずっと、長い間。
 カッコ悪いと思う。情けないし、アホくさくもある。自分に向けられる失望の眼差しを恐れるがゆえに、ひたすら前進し続けようともがいている。ただそれだけのくだらない生き方。他人が感心するような、崇高な志なんて、本当はどこにもないのかも知れない。それでも、這いつくばってでも、前に進み続けるために、私は理想を掲げているのだ。馬がニンジンを追って走るように、だ。
 走れなくなった馬がどうなるのか、私は知らない。けれど、その馬に与えられるのは、失望の眼差しであろうと思う。そんな自分は、ひどく惨めで、鏡に映す気にもなれない。どんな姿になっているのか、見ることもできないだろう。世界中の鏡を全部割ってしまいたい。暗闇の中にひとり、融けてなくなってしまいたい。何の役にも立たない自分は、自分にとっても、価値がない。
 だから私は必死なのだ。失望を恐れるカッコ悪さすら見せたくなくて。背中に拳銃突きつけられても、笑って生きていたいのだ。結局全てはやせ我慢。ホントはいつも空元気。でもね。そういう自分は、ちょっと好き。とか言っちゃってカッコ悪!


 こんな私を「見捨てたりしない」と言ってくれたヒトは、いつか本当の私に気づいて、失望するのかも知れない。それでも、「見捨てたりしない」という言葉は、私を安心させてしまうのだから困ったものだ。それってつまり、やっぱり見捨てられたくないってコトだろう。