ケース1:

 彼は僕を褒めた。元気がよくて明るくて素直だと、褒めた。頑張り屋でまじめで、愚痴も言わずに一生懸命仕事をして、俺には真似できない、と、褒めた。そして、俺には真似できないから、という理由でいなくなった。
 彼はネガティヴだけれど感情の起伏は激しくて、けっこう短気だった。すぐに「死ね」とか「ファック」とか怒鳴ったし、物を蹴ることも多かった。その上淋しがり屋の構われたがり屋で、喋ることの半分は愚痴だった。「仕事に私情は挟まない」と豪語していながら、気に入ってる女の子にはやたらと話しかけるし、可愛がる。度量もないくせに兄貴ぶって、不良ぶって、同僚からは疎まれた。上司からは呆れられた。女の子たちは「コワい」とか「ウザい」とか言った。でも僕は彼が好きだった。頑張りやで一生懸命、というか、思い込みが激しくて一直線なところが好かったし、元気がよくて素直、というか、勢いがあり過ぎて極端なところが可笑しかった。
 そんな彼は「この職場には俺なんていなくてもいいんだ」と思ってしまったがために仕事をするのが嫌になって、僕がなだめてもすかしても、「もう辞めたい」しか言わなくなった。そんなに嫌なら辞めたほうがいい、と、僕は思えなかったけれど、「じゃあ、早く辞めて別の楽しい仕事ができるといいですね」と言った。彼はとても喜んだ。僕が駄々をこねていたから、しんどくてもずるずる続けてしまったのだそうだ。