ベクトルが見えますか

 言葉っていうのは、結局、どこかへ向かって飛んでいくものだ。明確な目的地を持って飛んでいくものもあれば、ただ何となく飛び立ってしまって、フワフワと漂っていることもある。そういうモノ。僕は、言葉たちを捕まえるのが好きで、意味もなく飛び立たせるのも好きだ。
 そういうワケで、今日も言葉を捕まえにモニタへ向かったわけなのだけれど。愕然とした。虚無だ。空虚だ。気づいてしまったんだよ。言葉たちが、こちらへ向かっているのではないってコトに。誰かが放ったたくさんの文字。蟲のようにうごめいて、そこらじゅうを走り回っている。そいつ等が目指してるものは、僕ではないんだ。分からない言葉。伝わらない言葉。捕まえられない言葉。あまりにも多すぎる。僕がどんなに両手を広げても、隙間からボロボロと零れ落ちていってしまうんだ。捕まえられるのはほんの一握り。この空しさ。
 当たり前だろう。僕に出会う前の誰かが、僕に向かって言葉を発信するなんてのは、とても難しいコトなのだから。僕が何とか捕まえられる一握りの言葉っていうのは、つまり、大勢に向けて広く広く発信された言葉でしかない。僕個人に向けられたものではない。言葉の中に僕はいない。その淋しさ。
 そして錯覚する。僕に向かって飛んでくる言葉なんて、ひとつもないんじゃないかって。そう、今も。僕と出会った後の誰かでさえも。言葉の目的地に僕を指定することなんて、ないんじゃないかって。そんな気がしてしまう。そんなのは、子供じみた感傷だって、分かってはいるんだ。たぶん。きっと。分かってはいる。けど、世界は、分かってることだけで成り立ってはくれない。現実はいつも、分からないことばかりだ。指の間をすり抜けていった言葉の行く先だって、僕にはちっともわからない。それが何故だか、無性に哀しい。
 風が吹き抜けていく感じ。短い髪を少し引っ張って、すぐに手を離す。そのまま行ってしまう。戻っては来ない。僕に残されるのは、何となく、っていう、薄くて軽い印象だけ。その印象にすがって。それだけで、生きていけるものだろうか。みんな、どうやって生きてるんだろうか。なんて思ってみるけれど。そう。この言葉だって、あなたに向かっているわけではないのかも知れない。僕の声、届いてる? このベクトルが、見えますか? あなたを指す。あなたを、刺す。言葉のベクトル。
 僕を貫くベクトルは無いのか。それだけだ。欲しいのはそれだけ。その為に今日も文字の中に立って。風を受けて。口を開けて。飲み込む。呑み込む。そのほとんどは消えてなくなる。この愛しさ。