長い針と短い針

 違う。違うんだって。今生の別れじゃあるまいし、なんて簡単に言うけどさ。そうじゃないだろ。違うって。繋がり方が変わるんだ。それはもう、今までとはまるっきり違ってしまうことなんだ。毎日顔を合わせていた人間が、年に数回、喫茶店で話すだけの人間になる。散々怒鳴られて喧嘩した相手が、いつの間にか丸くなっちゃって子供の写真とか見せてきちゃったりなんかして。つまりそういうコトなんだよ。そりゃあ確かに、アンタはアンタかも知れない。人は変わるものだ、って。時は流れるものだ、って。仕方ないし、当たり前。分かってるよ。そりゃ分かる。けどね。やっぱりそれって違うだろ。違ってるってコトだよな。何で平気なんだよアンタ。人は、変わる。怖くないのか。
 今、眼の前にいる人間が、明日には別の人間になっている。明後日にはまた別の人間。毎日、いや、毎分毎秒、或いは、一瞬で、別の人間になっていく。誰だってそうさ。時間は止まらない。ポーズ機能はついてないし、スタートボタンとか効かねーし。それでも人は人だって。俺は俺で、お前はお前、固有の実存があるんだ、って。アンタそれ本気で言ってんの? 私にはないよ、そんなもの。背中にでも貼り付いてんの? ちょっと引っぺがして見せてくれ。私っていったい何者なワケ?
 いや、いいんだ。仕方ない。子供の戯言。聞き流せ。かく言う私も変わってくんだ。変わってきた。置いてきた。誰かの前に、昔の私を、置いてきた。置き去りにして、思い出しもしないで。可哀想に、とか、思ってもいないくせにふざけんなって。色んなものを切り捨てて、置き去りにして、殺してきたんだ。私たちはいつも、何かを殺して生きているんだ。生きるためだ。生きるため。生きろって誰が言った? じゃあ何で生まれてきた? そんなコト、考えてるから、うずくまる。風だって吹く。雲も流れる。誰かが通り過ぎていく。その足音と、荷物を抱えなおす音。私は笑って手を振って、誰かも笑って手を振った。「またね」とか言いやがって。アンタ、もう戻ってこないくせにさ。
 そんな風に人は生きる。人間は、生きる。生きるって、変わってくってコトなのか。切り捨てて進むコトなのか。本当に、そうか? それしかないのか? 他に何か、方法はないのか? そんなコト言うニンゲンはバカか? 生真面目。潔癖。純粋。繊細。無力な子供。本当は、ただの我侭だってのに。アンタは進め。何処へでも行け。ここにいるべきじゃない。生きている人間は、ここにいるべきじゃないんだ。大丈夫、私も行くから。嘘ついてごめん。