まちぼうけ、にぶんのいち

 またね、って左手振ったアイツは二度と帰ってこなかった。何十回も太陽が沈んで、何十回も月が昇る。雲は流れたし、雨も降った。それでもアイツは帰ってこなかった。
 僕は「またね」を信じたくって、ずっとずっと待ち続けた。アイツが戻ったら見せてやろうと、きれいな石をいくつも拾った。青空の絵も描いた。時々背筋が寒くなったけど、歌を歌って誤魔化した。信じることだけが生きがいだ。明日はきっと。来週はきっと。来月にはきっと。季節が変わったら。年が明けたら。机の引き出しは石ころで一杯になった。スケッチブックは3冊たまった。それでも、アイツは帰ってこなかった。
 ある日僕は、夕日を背に鳴くカラスを見た。カラスは何処か遠くを見ていて、視線の先には何もなかった。何もないところへカアカアと鳴いていた。叫んでいた。僕は突然空っぽになる。からっぽ。
 あれ、何だっけ。赤い。黒。かあ。音? ノイズ。あ。
 もう一度世界と繋がったとき、僕は声を上げて泣いていた。どうして泣いているのかが分かって、僕はますます大泣きした。「またね」は消えてしまったのだ。アイツの中から。僕は気を失うまで泣いた。泣いて、泣いて、干からびて死んでしまえばいいのだと思って。でも結局、僕は生きていた。眼が覚めたらまぶたが腫れていて、世界は半分になっていた。
 僕はまた石を拾った。青空の絵も描いた。でもそれは、アイツのためなんかじゃなく、半分になった世界のため。僕はもう泣かない。代わりに笑う。アイツは帰ってこないけれど、別の誰かがやって来るかも知れないから。そのとき僕が泣いていたら、ソイツはきっと困るだろう。僕はいつでも左手を空けて、誰かに手を振れるようにしている。「おかえり」でも「やっほー」でも何でもいい。笑って声を掛けられるように。
 何万回も太陽が沈んで、何万回も月が昇って、雲が流れて雨が降って、僕はただ笑うようになって、それで、半分になったこの世界には僕の「またね」が残っていると、信じたふりをして生きている。