糖分の鎮静作用について

 ある日子供は泣きました。涙がぼろぼろ零れます。人前で泣くのはみっともない。と、大人たちから言われていましたので、子供はひとりで泣きました。泣き声が外へ漏れないように、ぐっと奥歯を噛み締めて。それでも涙は止まりませんし、呼吸も乱れてしゃくりあげます。どれくらいの間泣いているのか、そもそもどうして泣いているのか、もう分からなくなっていました。分からないということが不安を呼び起こすものですから、子供はますます泣きました。

 さあ、世界はすっかり姿を変えてしまいました。涙で滲んだ眼で見たものは、かつて眼にしていたものと全然違います。何かの音も、何かの音でしかなくて、あるいは音がするということすらもうまく捉えられません。顎の関節が痛みだしたのですが、奥歯を噛んでいることも分からなくて、ただどこかがオカシイと思うばかり。浅い呼吸をくり返した肺もすこしずつ酸素が足りなくなって、余計に息苦しさをもたらします。考えるための言葉まで、子供の眼から流れ出したようでした。いつとかなぜとかどことかだれとか、全部なくなってしまったのです。泣いているということも、子供には分からないのです。

 誰かが子供の隣に座っても、子供にはよく分からないようでした。真っ赤な眼でチラリとそちらを見ましたが、その眼には何も映りません。「なあおい、泣くな」と誰かは言いました。もちろん子供には聞こえません。誰かは続けて言いました。

「泣き続けるから分からなくなっちまうんだ。ひと通り泣いたら、落ち着いて世界をよく見なきゃ」

 しかし泣いている子供にはそんな言葉も通じないのでした。誰かは「困ったな」と呟いて、ポケットからチョコレートを取り出します。それを子供の手に握らせながら、「これでも食って落ち着け」と言いました。子供が泣きやむ気配はありません。けれどチョコレートはしっかり握られました。そんなに握ったら、融けます。融けてしまいます。

「そのままだと融けるぞ」という誰かの声が聞こえたわけではないのでしょうが、子供はチョコレートを口へ運びました。やわらかくて甘い何か。口の中に広がるそれを零さないように口を閉じようとすると、顎の痛みを思い出しました。頬の筋肉が攣ってしまいそう。呼吸も整わないものですから、これはなかなか大変な作業です。

 どうにかこうにかチョコレートを飲み込んだ子供は、ひぃい、と息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しました。涙はまだ止まりません。