すべての赤鼻に捧ぐ2

 それから私は暖炉に火を入れてウッドチェアに腰掛けた。真っ赤な炎を見つめていると、その炎が私に燃え移るような気がしてくる。私の中には一本のマッチ棒があるのだ。火が点けば数十秒で燃え尽きてしまうような、ごく普通のマッチ棒で、私の中にあるのはその一本だけだ。だから、それが燃えてしまったら、私の何かが決定的に違ってしまう。私は眼を閉じた。真っ赤な炎は瞼の隙間から私の中に入り込もうとしたけれど、うまくいかなかったらしい。良かった、と思って眼を開けたのは布団の中だった。枕元にプレゼントはない。シャワを浴びて、朝食にパンを食べようとしたら、テーブルの上にショートケーキを見つけた。ホールを切り分けた残りらしく、皿に乗った一切れにラップが掛けられている。皿の下にはメモが挟んであった。「パパにハッピーバースデイを言うこと!」私は朝食にケーキを食べた。そういえば、クリスマスもハッピーバースデイだったな、と思いながら。私が食べたケーキにはロウソクの跡がなかった。よし、プレゼントを買いに行こう。


 玄関の戸を開ける。開けたのは右手だった。左手ではなく右足首でもなく、もちろん肩甲骨の下あたりでもなかった。扉の向こうにはいつもと同じ世界が広がってはいなかった。そこにあったのは、終わってしまった世界だった。バラバラでもなくひと塊でもなく、当たり前のように何かが終わった後の世界。おかげで私は階段を降りるのにも一苦労した。私の家はガレージの上に建っていて、言い様によっては、一階がガレージの三階建てだ。でもこのあたりの家はたいていそんな構造になっているから、誰もそれを「一階がガレージの三階建て」とは言わない。庭もついているけれど、あまりに狭い庭だから「庭つき一戸建て」とも言わない。ともかくそういう家は、玄関から道路までは階段続きになっているものなのだ。我が家の階段には、母親の趣味に従って、いくつも鉢植えが並べられている。前に見た時は両脇に行儀よく、という感じだったけれど、今は違った。通り道もないほどたくさん飾られている。階段を降りるためには、その隙間にそっと脚を差し込まなければならなかった。
 そろそろと階段を下っていると、下から黒猫が上ってきた。猫は私よりもずっとスムーズに階段を移動する。黄色い眼に真っ黒い瞳孔を真ん丸く広げて、私を見つめながら。私は道を開けようと思った。けれど、その時私は実に微妙なバランスで鉢植えの間に屈んでいたのだ。猫は私の前ですこし立ち止まり、尻尾をパタンと降る。それから小さな口をゆっくり開くと、私の腕に前足を引っ掛けて、すばやく噛み付いた。「痛い!」と私は悲鳴をあげた。猫の爪はよく研がれていて、何本かは私の皮膚に食い込んだ。残りの何本かは生々しい引っ掻き傷を残した。私が何度か腕を振ると、猫は突然腕を離して、一目散に階段を駆け上がって行った。私は「おい!」と言ったけれど、猫は何も言わなかった。私はまたそろそろと階段を降りて、誰もいない通りを歩き、運転手しか乗っていないバスに乗った。


「どちらまで?」と運転手は言った。
「プレゼントを買いに行くんです」と私は答えた。
 運転手はミラーの角度をすこし変えて、今度は「猫ですか」と訊いた。私は傷だらけの右腕に眼をやってから、「猫です」と答えた。問答はそれだけだった。バスが止まって扉が開いたので、私はそこで降りた。そこはやっぱり、終わってしまった世界だった。たとえばそれは、「Fin」の文字がフェードアウトした後だったり、『蛍の光』の演奏が終わった後だったり、12月26日の朝だったりした。だから私も、プレゼントを買うならここだろう、という気になった。「パパ」のバースデイはもう終わっているのだから。くつした売り場の隣でブラウンのハンカチを買う。プレゼント包装を頼むと、レジのお兄さんは「クリスマス用ですか?」と訊いた。「いえ、ふつうの」と私は答えた。お兄さんは黒いタートルネックにお店のロゴ入りエプロンをしていた。ハンカチはグリーンの紙に包まれて、イエローのリボンを添えられた。喪中じゃなきゃいいけど。と、私は思った。


 「誰か」は毎年私に年賀状を送ってきた。しかも決まって元旦に届く。そこには必ずその年の干支と「A HAPPY NEW YEAR!」の文字がプリントされていて、直筆の短いメッセージが、流れるような字で添えられている。メッセージは毎年変わらず「好い年になりますように」だ。私はそのメッセージの、「好い」というところが気に入っていた。私は年賀状を書かないタイプの人間だったから、毎年、年が明けて最初に「誰か」と会ったときに「年賀状ありがとう」とお礼を言った。「誰か」は毎年「どういたしまして」と言った。
 「その年」も「誰か」は年賀状を送ってきた。その年の干支と「A HAPPY NEW YEAR!」の文字と、直筆のメッセージも例年通りだった。「好い年になりますように」、私は声に出してその文字を読んだ。でも、その年最初に「誰か」に会ったのは、「誰か」の墓の前だった。「誰か」は大晦日の夜、あるいは、元旦の夜明け前に、死んだらしい。年は越したけれど初日の出は見なかった、というワケだ。私は墓の中の「誰か」に年賀状のお礼を言った。「誰か」はやっぱり、どういたしまして、と答えた。けれどその「誰か」は、もしかすると、私に年賀状を送って来ていた「誰か」ではなかったかも知れない。「誰か」は墓の中で黒い服を着ていなかったかも知れないし、そもそも墓の中には誰もいなかったかも知れない。辺りを見渡すと同じような墓がいくつも並んでいて、「誰か」は、ただの単なる誰かになってしまったように思えた。次の年には「誰か」からの年賀状は来なかった。「誰か」じゃない誰かからの年賀状は、何枚か届いていたけれど。私は「誰か」に年賀状を書いて、暖炉の火へ投げ込んだ。ハッピーニューイヤー。暖炉の中には1月4日の昼があった。ウッドチェアの上では猫が丸くなっていて、トナカイはもう押入れの中だった。