ケース4:

 彼は僕に謝った。彼によると、僕はひどく不快な思いをさせられて、人格攻撃と侮辱を受けていたらしい。けれど、僕はそんなことちっとも気が付いていなかったので、なんだかとてもちぐはぐな感じがした。それよりもむしろ僕の「誰に対しても同じ」スタンスのほうが、あらゆる人間の人格を攻撃し、侮辱していることになるんじゃないだろうかと考えた。だから僕は、少なくとも自分は不快な思いをしたり人格攻撃や侮辱を受けたりした覚えはありません、と返すべきだと思った。思ったけれど、結局何も言わなかった。彼は僕に謝って、もう連絡しないと言ったのだ。彼もいなくなったのだ。いなくなったのだから仕方がない、と僕は思うことにした。
 しばらくして僕は夢を見た。それは誰かが僕に「もういいよ」と言う夢だった。ある時突然その「誰か」が誰だったのかを思い出して、僕は――僕は、よくわからない。怖かったのかも知れないし、怯えていたのかも知れない。とにかく、その「誰か」はまだいなくなっていない誰かで、「もういいよ」は僕を切り放す言葉だったのだ。「切り放されること」と「僕」の間には、破ってはならない約束事が、実に入り組んだ形で存在している。僕は長い間それをしっかり守ってきた。守ろうとしてきた。それなのに、その「もういいよ」はその約束事を破棄しようとしたのだ。僕が約束を破ったのではないし、「切り放されること」が約束を破ったのでもない。けれど、切り放されたのは僕で、夢を見たのも僕だった。
 そうして僕は、結局のところ、約束事から切り放されてしまった。切り放された僕は、やっぱり、仕方がない、と思うことにした。