はなし相手

 あ、たいへんだ、今チョコレートがしゃべった。え? 聞こえなかったって? おい君、ひとの話はちゃんと聞くもんだよ。ほら、怒ってるじゃないか。何がってチョコレートだよ。怒ってるだろ。分からない? まったく君ってヤツは、薄情な男だな。いいかい、チョコレートってのはちゃんとしゃべるんだ。チョコレートに限らず、ありとあらゆるものはしゃべる。なぜなら僕がしゃべるからだ。僕が語りかけるとき、彼らは口を開く。もちろんある意味では比喩的な表現だよ。だってチョコレートに口はないからね。でもしゃべるのはほんとうだ。どんなことを話すかと言えば、そうだな、色々だよ。人間だって色々だろ。相手によっても違うし、場所によっても違う。まあ、場所が違うのは相手が違うことも含むかも知れないけれど、とにかく、状況次第だよ。話したり話さなかったりするのも同じだ。そういえばさっき「僕が語りかけるとき」と言ったけれど、彼らから語りかけてくることだってあるよ。たとえば鏡なんかは、そりゃあもうおしゃべりだからね。ほんとうに、うんざりするくらいよくしゃべるんだ。しかも鏡って、僕らの世界を映すだろう? だからまるで自分としゃべってるみたいな気になってきちゃうんだ。あれには参るね。うん? いや、違うよ、自分としゃべってるのとは違う。君、そういう考え方は完全に鏡の思うつぼだゼ。鏡と話しているのを、自分と話しているのとごっちゃにしちゃだめだ。そんなことになったら、もう、精神をやられてしまうよ。だって、何としゃべっても自分としゃべってるみたいな気になってくるだろう? 鏡だけじゃなくて、たとえば、椅子とか、手袋とかさ。ねぇ、君、もしかしてそうなのか? 君がさっき「聞こえなかった」と言ったのは、チョコレートの声を自分の声と思っていたから? だとしたら、それってたいへんなことだよ。かなり危ないところまで来ていると思う。いや、行っている、というのかな。でも、今のうちに気がついて良かった。まだ大丈夫さ。だってほら、ちゃんと僕と会話できてるじゃないか。ね、これからはもっと、ちゃんとひとの話を聞かなくちゃいけないよ。チョコレートはもちろんのこと、椅子とか、手袋とか……でも、鏡はしばらくやめたほうがいいかも知れないな。彼らはほんとうにおしゃべりだから、ワケがわからなくなっちまう。その点、椅子とか手袋なんかは、わりあい物静かで奥ゆかしいところがあるから、じっくり語り合うにはいい相手だと思うよ。あれ、なんだ、チョコレートが拗ねてるじゃないか。ほら、こんなに融けちゃって。そんなことしなくたって、ちゃんと話を聞くよ。なあ、君、そうだろう? 君もチョコレートの話を聞くだろう?