電子レンジ

 壊れた? ほんとうに壊れてる? 電気はつく。でも反応しない。使えない。そう、そうだ。電子レンジは壊れたんだ。どうしてだろう? 古かったから。あるいは、僕が壊したのかも知れない。よくわからない。
 「冗談じゃないよ」と誰かが言って、それはたぶん僕だったのだろうと思うのだけれど、そもそもほんとうにそう言った誰かがいたのかどうかすらあやふやになってしまうこの状況。何が壊れたって? 電子レンジだ。僕じゃない。「僕は壊れてなんかいない」そんなこと言われなくてもわかってる。でも、どうしてなんだろう? ついさっきまでマトモに動いていたのに、突然止まってしまうなんて。まったく、やってられないね。という気分のときはとりあえずチョコレイトを食べることにしているのだけれど、そう言えば店で貰ったパックンチョはいつの間にか空になっていたのだった。もちろん僕がおやつに食べようと思って袋を開けたのだ。ちゃんと覚えている。けれど、気がついたら空っぽになっていた。その間に何をしていたのかって言うと、たぶん本を読んでいたのだと思う。でも、ほんとうに読んでいたかどうかはわからない。字面を追っていたのもわかるし、もちろんページもめくっている。書いてあった内容もおおむね理解できてるはずだ。だいたいの流れを要約してまとめることだってできる。それでも、僕は本を読みながらパックンチョを食べたのかどうか、よくわからない。パックンチョを食べたかどうかわからないのと同じくらい、本を読んでいたかどうかがわからない。白昼夢をみたような感じだ。白昼夢をみたという記憶はないけれど。騙されてる。ような気がする。僕はまた何か誤魔化して修正したんだろうか?
 また、って何だろう。どうして「また」なのだろう。僕がいつ、何を、誤魔化して修正したって言うんだ? 「冗談じゃないよ」と僕は言ってみた。うん、冗談じゃない。冗談なんかじゃなく、僕は「誰か」の声を聞いたように思うことがあるし、視界の端に「何か」が見えたように思うことがある。でも、それがキャッカンテキジジツでないことをちゃんとわかっている。「誰か」は結局のところ僕なのだし、「何か」はただの見間違いだ。と、言うことだってできる。それが嘘にならないことも知っている。けれど同時に僕が「誰か」の声を聞いたのも事実で、視界の端に「何か」を捉えたのも事実だ。僕にとって世界ってのはそういうもので――何を言ってるんだ? 今喋ってたのは誰だろう。といった具合に突然切り替わってしまうのも事実だ。切り替わった後の僕は、切り替わる前の僕(?)との関係性が希薄になっていて、色々なことがよくわからなくなっている。不確かだ。実に曖昧だ。これ以上ないくらいハッキリと、曖昧さが残っている。おかしな話だ。でも僕は壊れてなんかいない。
 壊れたのは電子レンジのほうだ。どのような理由にせよ、電子レンジは壊れた。トーストは焼けないし、野菜の下ごしらえにも使えない。パックのご飯を温めることもできない。けれど、電気はつく。直るんだろうか。電気機器の修理なんてしたことないけど、どうせ壊れているんだったらバラしてみてもいいかも知れない。と、僕は思う。「どうせ壊れているんだったらバラしてみても」と声に出してみる。その音は何かと繋がったような気がする。けれど、それはやっぱり「何か」だった。繋がった瞬間の僕と、それを「何か」だと判断した僕とは切り離されてしまっていて、結局そこに繋がりがあったのかどうかすら、もうよくわからない。
 僕は嘘をついているだろうか。どこかに嘘があるんだろうか。どうして「嘘をついている」と思う? どうしてだっけ。誰かが、僕に――「虚言癖が」――虚言癖があると思う、と言った。誰だったっけ。思い出せない。それも僕だろうか。違う気がするんだけど、でも、どうしてそんなことを言われたのかも思い出せない。わからない。僕なのか、僕じゃないのか、そのくらいわかっても良さそうなものなのに。まったく、やってられないよ。電子レンジは壊れてるし、チョコレイトもないしさ。でもマイタケがあるんだ。そう。安売りしてたから、今日の夕飯はマイタケ入りの野菜炒めを作るんだ。そろそろ夕飯にしてもいい時間だけれど、まだお腹は空いていない。おかしいな。昼から何も……と思ったけど、そういえばパックンチョを食べたんだっけ。お腹が空いていないってことはきっとほんとうに食べたんだ。いや、大丈夫。わかってるさ。ちゃんと食べたよ。狂ったフリをしてるワケじゃないんだ。もちろん壊れてもいない。マトモに動いてるだろう? 僕はまだちゃんと使える。