2008-01-01から1年間の記事一覧

ケース1:

彼は僕を褒めた。元気がよくて明るくて素直だと、褒めた。頑張り屋でまじめで、愚痴も言わずに一生懸命仕事をして、俺には真似できない、と、褒めた。そして、俺には真似できないから、という理由でいなくなった。 彼はネガティヴだけれど感情の起伏は激しく…

もういいんだ

何か言おうとして口を開いたのだけれど、その時にはもうこちら側にいた。残っているのは「もういいよ」という言葉だけ。どういう文脈で、誰が、どんなニュアンスで言ったのかは、ちっとも思いだせなかった。あちら側に置いてきてしまったのだ。こちら側の僕…

日常的な走り書き

コーヒーを飲んでチョコレートを食べながら、僕は考えた。名前も知らない彼女について。 彼女と会ったのは今日が初めてだ。大学の講義が終わって学友のひとりと話をしていた時、彼女のほうから声をかけてきた。たぶん、僕らが講義中の私語について話をしてい…

スクランブルドエッグ

ぼんやり彼女の顔を眺めていると、突然、彼女が「怒ってるの?」と訊いた。僕はぎょっとして、ズレかかっていた焦点を彼女に合わせ直す。彼女の丸い目が僕を見ていた。こんな生き物をどこかで見た気がする。動物園か水族館か、ひょっとするとゲームのキャラ…

鈍く転がり

曇天。雨が降るかも知れないと思わせるような空なのに、空気はちっとも冷たくない。暑くもなく、冷たくもなく、ぬるくもない。空気があるということすら感じられない。けれど、まあ、あるんだろう。どうせなら、痛いほど冷え切った、たとえば針みたいな雨で…

黙れホントに

そうか、最低ってのは私のためにある言葉だったのか、と思ったけれど私のための言葉など用意されているはずもなく、とりあえず、――ほうがいいよ俺マジで。

メィ(羊?)

「うるさい黙れ!」と怒鳴りたくなる。けれどそれは、あまりにも頻繁に起こることだから、いまさら怒鳴る気にはなれない。怒鳴るタイミングを逃し続けているのかもしれない。あるいは、怒鳴ることの無意味さを、僕は知ってしまったのかもしれない。 飼い犬が…

僕は笑う 楽しいから? 哀しいから? 楽しいのだという主張 哀しみの裏返し なんだっていいんだ 好きにしてくれ 泣きたくないから笑うだけ それだってただの詭弁だ 残ってないよもう何も ジャンプしても 逆立ちしてもさ でもアンタ 信じないだろう 言葉なん…

キレハシ

「人殺しのくせに」と言われたのでソイツを箱にいれて粉砕したら芸術的なオブジェが完成。しかし芸術とは時に滑稽なもので、だからかどうかは知らないけれど僕はすこし、いやカナリ、笑った。そんな夢をみていたのは起きてる時だったか寝てる時だったか、も…

雪の降らない朝に

学友が「ギター貸してください」と言ってきたので、大学までギターを輸送。ギターなんて滅多に持ち歩かない私は、まだあまり馴れていない人と会話をする時の言葉選びみたいに、ギターの置き場所選びに苦労する。 乗ったバスは通路の狭い、ふたり掛け席の多い…

犬は啼いた

さむい冬の夜に犬は啼いた。「わん」でもなく「おんおん」でもなく「アオーン」でもない。しかし啼いた。空にはオリオンの三ツ星が輝いていたかもしれないし、向かいの家では植木に巻き付けられた電球がチカチカしていたかもしれない。けれど、犬の眼に映っ…